教員の定年:活気あるネットワークを(2009年11月)

2009年11月度のビデオメッセージ

皆さん、こんにちは。今月のメッセージをお伝えしたいと思います。

人間、長く生きていきますと、いろいろなネットワークの大切さを感じることが多くなるのではないかと思います。人間、決して社会の中で一人だけの存在ではないわけで、周りのいろいろな方々と良いコミュニケーションをとりながら生きていく、そして自分達の生き方、暮らしを豊かにしていくということが、とても大切なことではないかと思います。

最近、大学で一つ問題が持ち上がりました。それは教員の定年をどうするかという問題です。年金の支給と連動させて、65歳あたりを定年として共通化していくという流れが大きくできてきていますが、大学の中でもいろいろな意見がありまして、賛成する方、反対する方、いろいろです。

私がこの問題を考えるときに頭に浮かんでくるのは、特にアメリカ、あるいはヨーロッパの大学です。日本ではあまりみなれない光景ですが、欧米の大学のかなりの部分では実は定年がほとんどありません。70歳ぐらいまで、先生方が非常に楽しくいきいきと勤めておられるということが現実としてあります。それに比べますと、日本の大学の研究者は、一頃であれば60歳あるいは63歳あたりの定年で、どちらかというとそそくさと大学から姿を消されるということが、ままありました。学問、研究の前進という意味でいいますと、素晴らしい研究業績をあげられた我々の先輩の先生方に1年でも長くいていただくということは、とても有難いことです。そのような意味では、欧米の優れた研究者が長い期間、勤められるシステムは大変良いものではないかと私は考えております。

ただ、もちろん、それに反対されるお立場もありまして、これは大事なことなのですが、一つは「若い方の就職の機会を減らすことになるのではないか」というご意見があり、それも含めていろいろな議論が続いております。おそらく名古屋大学においても、最終的には65歳を定年として扱っていくことになるのだろうと思います。

そのような時代を迎えて、一つは人間間のネットワークをどのようにいきいきと活気のあるものに維持していくのか、あるいはさらに育てていくのかということが非常に大切になると思います。いわば成熟したアメリカあるいはヨーロッパの研究者のコミュニティは、その辺りの問題を非常にうまく解決して、年配の先生方の力も研究の活力の中に上手に組み込んでいるという気がいたします。

そのような意味では、日本の学者社会はまだ未熟な点が少なくないのではないかという気がいたします。70歳に近い優れた先生方とのお付き合い、さらにはそれを基礎としたより大きな研究の発展、展開ということを一つの目標にして、微力を尽くしていきたいと考えております。

ありがとうございました。

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