
星は一人では生まれない?
ガス雲衝突から始まる星団誕生の理解が進む
名古屋大学大学院 理学研究科 天体物理学研究室
大阪府立大学大学院 理学系研究科 宇宙物理学研究室
2021/3/10
巨大な星団を作るためには、小さな空間に大量の物質を、短時間に詰め込む必要があります。 これまでこのメカニズムは謎とされてきました。
名古屋大学大学院理学研究科の立原研悟准教授、福井康雄名誉教授らと、大阪府立大学の西村淳研究員、藤田真司研究員らを中心とする研究グループは、国立天文台等との共同研究で、宇宙空間にただようガス雲同士の衝突が、星団の誕生を引き起こす主要なメカニズムであることを新たに発見しました。
今回の成果は、本研究グループが中心となって行ったもので、これまで 10 年以上にわたる観測で得られた膨大なデータを調べた研究と、観測データを再現する数値シミュレーションなどによる理論的な研究からなります。 これらは、個々の天体や物理現象を緻密に検証した 20 編の論文と、それらをまとめたレビュー論文として、 2021 年 1 月付の査読付き天文学術雑誌『日本天文学会欧文研究報告 (Publications of the Astronomical Society of Japan)』に、「特集号:分子雲衝突による星形成2」として刊行されました(図 1 )。
このような衝突は、銀河のいたるところで起こっていると考えられ、今回の発見により、今後、宇宙における多種多様な巨大星・星雲の形成、銀河の進化の研究に大きな波及効果を与えると予想されます。

クレジット:[電波画像 (青白い画像に黄色の等高線)] 名古屋大学, 大阪府立大学, 国立天文台, [わし星雲] ESO, [[DBS2003]179] NASA/JPL-Caltech, 2MASS, [天の川銀河の想像図] NASA/JPL-Caltech/R. Hurt (SSC/Caltech), [アンテナ銀河] NASA, ESA, and the Hubble Heritage Team (STScI/AURA)-ESA/Hubble Collaboration, [さんかく座銀河] Robert Gendler, Subaru Telescope, NAOJ
研究の背景
巨大星団の誕生を探る
誕生した直後の宇宙には、水素とヘリウムしか存在しませんでした。 しかし、現在私たちが住む世界には、酸素や炭素や窒素、鉄などのより重たい元素が豊富に存在しています。 太陽より 8 倍以上重たい星(大質量星)は、これらの元素を宇宙の歴史の中で作り続けてきました。 私たちがこの世に存在できるのも、これら大質量星のおかげです。
星は宇宙空間に漂う、希薄な分子からなるガス雲が収縮し、誕生すると考えられています。 中でも大質量星は多くの星々とともに、星団として誕生することが知られていますが、星団を効率的に作るガス雲の圧縮メカニズムは、未だ解明されていません。
星は 1 つのガス雲から生まれるか?
それまで世界中の天文学者たちは、星は「1つの」ガス雲の中だけで完結して生まれるのだろう、と素朴に信じていました。 大質量星の誕生は、非常に複雑な流体の問題です。 複雑な現象を理解しようと試みる時に、まずは簡単な仮説から検証していく事はとてもまっとうな事です。 このような考えのもと、いくつかの理論モデルがこれまで世界中の天文学者から提案され、検証されてきましたが、観測を全て説明するような決定打には至っていませんでした。
本研究グループでは、この「星は 1 つのガス雲の中だけで生まれる」という常識を疑い、複数のガス雲が巡り合い、その衝突がきっかけとなって効率良くガスが集められているのではないかという仮説に着目しました。 理論計算によれば、ガス雲が衝突すれば、大質量星を伴う巨大な星団を作ることも可能である事が示唆されています。 しかし、大質量星はそれなりに多くの数が観測されています。 銀河の中を漂うガス雲がたまたま出会い衝突する、そんな現象がありふれているとは、にわかには信じられません。 そもそも、銀河の中でどこでどのようにガス雲が作られるのか、すらもまだ良く分かっていないのです。 果たして、ガス雲衝突はそんなにありふれているのか、観測的にしっかりと調査する必要がありました。
本研究の成果
衝突の痕跡
ガス雲の衝突を観測的に証明する事はとても困難です。 なぜならば、ガス雲の衝突は比較的低エネルギーの現象で、衝突しているからといって光ったりする訳ではありません。 また、ガス雲とガス雲の衝突は、即座に片方に穴を開ける、というようなこともなく、どちらかというと、ぶつかりながら混ざっていくような過程です(図 2 )。 そのわずかな痕跡も時間が立つと、完全に混ざって失われてしまうのです。 このような、衝突した後にガス雲が変形する様子は、最近の計算機能力の発展で可能となってきました。

ぶつかりゆくガス雲の形状がどうなるかは分かってきました。 しかし、これを観測的に検証するには、一苦労かかります。 まず、第 1 に、小さい雲を見分けられるほどの高い分解能で、かつ、大きい雲全体の広い範囲を観測しなければなりません。 電波観測装置は、可視光のカメラとは違って、たくさんの画素を観測することは苦手です。 これは、マルチビーム受信機のような最新の装置が登場して初めて実現されました。 そして、第 2 に、観測で得られた電波データの中から、図 3 のような対応関係を探し当てなければなりません。 実際のガス雲衝突は、シミュレーションのように丸い雲同士ではないために、痕跡を見つけるためには熟練した人間の勘が必要になります。
ガス雲を観測する
星が誕生する現場となるガス雲は、水素分子を主成分とする冷たいガスで、人間の目ではとらえることができません。 一酸化炭素 CO 分子のスペクトル(波長 2.6 mm; 周波数 115 GHz 等)を、電波望遠鏡を用いて観測することで調べる事ができます。
わし星雲など天の川銀河に属する比較的近い天体は、NANTEN2 や野辺山 45m 電波望遠鏡など、単独の電波望遠鏡を使って観測します。 アンテナ銀河のように比較的遠い天体は、ALMA 望遠鏡の非常に高い分解能で観測する事で、ガス雲の構造が分解されました(図 3 )。
本研究グループでは、NANTEN2 など独自の電波望遠鏡を開発・運用しています。 また、単独の電波望遠鏡で観測できる範囲を飛躍的に向上させるマルチビーム受信機(野辺山 45m 電波望遠鏡に搭載された FOREST 受信機や、NANTEN2 に搭載された NASCO 受信機)の開発を進めてきました。 これら、独自の装置を有している事は世界的にも特徴的で、今回の独創的な成果に繋がる決め手となりました。
研究結果
今回、本研究グループは、ガス雲衝突による星団誕生について、その理解を決定的なものにするため、国内外の天文学者に研究の促進を呼びかけました。 その結果、新たに 21 編の論文が集まり、1 冊の特集号として 2021 年 1 月に刊行されました(図 1 )。 また、その特集号の中では、これまでのガス雲衝突研究の 1 つの節目として、現状の理解をまとめたレビュー論文も出版されました。
この特集号の意義は大きく 2 つあります。 1 つ目は、これまでわずか数天体でしか知られていなかった現象が、近年の発見により 92 個にまで増えたことです。 特に、大規模な星団はその多くからガス雲の衝突の痕跡が見つかっています。 これにより、大質量星を含む星団は、複数のガスが巡り合い、衝突しなければ誕生できない可能性が高まってきました。 宇宙物理学の一つの重要課題である星団誕生のきっかけは、ガス雲の衝突なのかもしれません。 2 つ目に、ガス雲衝突による星団誕生の痕跡が、私たちの住む天の川銀河内で場所を問わず、さらには他の銀河でも普遍的に発見されつつあることです。星団は宇宙誕生から今日に至るまで、ガス雲の衝突によって起こり続けてきたのかもしれません。

今後
今後の研究には、2つの展開が考えられます。1つ目は、100数十億年前の銀河誕生期に生まれた星団が、どのように形成されたかを明らかにすることです。これにより、私たちの住む銀河もかつて他の銀河との衝突や合体を経験し、それがガス雲衝突を引き起こし、巨大な星団を生んだという仮説を検証します。もう1つは、より小規模な衝突現象の解明です。宇宙に存在する星のほとんどは太陽のような軽い星で、それらはより小規模なガス雲衝突が引き起こした可能性があります。しかしこれまでに分かっているガス雲衝突の痕跡は、質量の大きな星を含む星団が誕生した場所に限定されています。太陽系の誕生も、小規模なガス雲衝突がきっかけとなったのかもしれません。
発表雑誌
この研究の成果は、日本の査読付き英文科学雑誌『日本天文学会欧文研究報告 (Publications of the Astronomical Society of Japan)』にて 2021 年 1 月付けで、「特集号:分子雲衝突による星形成2 (Special Issue: Star Formation Triggered by Cloud–Cloud Collision II )」として刊行されました。
問い合わせ先
- 名古屋大学大学院理学研究科 立原 研悟(たちはら けんご) k.tachihara@a.phys.nagoya-u.ac.jp
- 大阪府立大学大学院理学系研究科 西村 淳(にしむら あつし) anishimura@ioa.s.u-tokyo.ac.jp
- 大阪府立大学大学院理学系研究科 藤田 真司(ふじた しんじ) fujita@p.s.osakafu-u.ac.jp