原子力発電所の深刻な問題(2011年7月)

2011年7月度のビデオメッセージ

皆さん、こんにちは。今月のメッセージをお伝えしたいと思います。

3月に起きた震災によって、原子力発電所の大きな事故が起こり、現時点でもまだ完全な収束への見通しは立たない事態になっています。日本人だけではなくて、世界中の人々が大変心配しながら見守っているのが実情だと思います。

原子力発電所の問題は、実は問題の性質がかなり多岐にわたっています。そのため一人の人間が、そのすべてを正確に把握することは大変難しい、そのような複雑な現象、事象ではないかと思います。ある意味、これは現在の細分化した学問のあり方に対して、一つの大変大きな警鐘を鳴らしているという意味もあるのではないかという気がいたします。一般の方々の目からみますと、本当に何がどう怖いのかということがわかりにくいのではないかという気がいたします。

原子力発電の基本になっているのは、ウランという大変大きな原子核です。大きいといっても大変小さいのですが、私達の体を作っている1個の原子は、だいたい1cmの1億分の1、つまり、10-8cmぐらいのサイズを持っています。その原子の真ん中に、その原子のサイズよりもさらに桁違いに小さな、しかし重たい塊があります。これが原子核です。原子核を構成しているのは陽子と中性子で、陽子が何個含まれているかによって、その元素の性質、あるいは名称が異なってきます。

問題は、この原子核が、人間の力をはるかに超えた非常に固い力、強い力で結びつけられていて、我々人間はそこに容易く入り込むことができない、つまり制御できないということです。それが問題を難しくしています。

原子炉は、ウラン235の原子核に中性子を当てます。そうすると、ウランが2つに分裂します。その分裂の仕方はいろいろあり、例えばヨウ素が出てきたり、あるいはセシウムが出てきたりしますが、ウランの半分ぐらいの大きさの原子核2個に分裂します。このときに出す熱で水蒸気を作り、それがタービンを回して電気を起こすという仕組みです。仮に、このウランの密度を非常に高くしていくと、ウランの反応が爆発的に進行しますが、そのエネルギーを一瞬にして解放するのが原子爆弾です。

そして、この使用中の原子炉、あるいは使用済みの原子炉の燃料は冷却を必要とします。冷やし続けないと必ず温度が上がってきて、摂氏1000度以上あるいは2000度程度で、原子炉の燃料はどんどん溶けてしまいます。

このようなものが爆発等によって外界に巻き散らかされることによって、我々の生活空間に放射性物質がどんどん侵入してくるわけですが、水に溶けた、あるいは地面に付着したものをいくら取っても、原子核の性質は変わりません。例えば、セシウムの場合は30年の半減期をもってしか減りません。このセシウムの減り方を人間が外から制御することはできませんので、仮にある場所から洗い流したとしても、必ずセシウムの塊は残ります。つまり、何か水をきれいにすると、そのお釣りとして非常に濃度の高い放射性物質の塊が私達人間に残されることになるわけです。ですから、これをどこか安全なところに格納しなければいけません。100年のオーダーで安全に確保しなくてはいけません。そのような問題なのです。非常に大変なことです。

すでに原子力発電所の事故は、チェルノブイリの事故と同じレベルの「レベル7」という位置付けがなされました。チェルノブイリの事故の場合もそうでしたが、事故が発生した当初、1週間、2週間、あるいはひと月経って、どのように原子核の放射性物質が地球上に拡散したのかということを正確に把握することは、非常に難しいのです。2003年から2004年に、チェルノブイリの事故の報告書が国際的な機関から出されておりますが、その報告書にも、すでに20年、あるいは30年が経過した現在においても汚染の本当の実態はつかめないということが書かれています。

このように非常に怖い、恐ろしい災害に至る可能性のある原子力発電所に対して、我が国が十分な備えを持っていたとは到底言い難いと私は考えています。まだ非常に深刻な事態が続く可能性はありますが、決して希望は捨ててはいけないと思います。ぜひ真実を、原子力発電所の背後にある本当に大切な物理の世界の考え方を、みんなでできるだけ共有し、国の大きな困難を乗り切っていく、そのような気持ちを持ちたいと思う、きょうこの頃でございます。

ありがとうございました。

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