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研究分野

松原隆彦, 2002年6月24日現在


私の研究の中心的なテーマは、実証的なアプローチによる宇宙構造の理論的理 解である。この観点から私は観測的宇宙論、特に宇宙の大規模構造の分野にお ける理論的な研究を主として行い、さらに実際の観測データや数値シミュレー ションも援用して宇宙全体の構造、その起源に実証的に迫っている。

私は新しい理論手法を開発しつつ、それに数値解析およびデータ解析を有機的 に結び付けて研究するという方法論で、観測的宇宙論に独自の貢献をしている。 これまで、新しい解析的方法をいくつも開発してきたが、それらの方法に基づ いて数値的解析や実際のデータ解析をも実際に行ってきた。これから非常に有 用なデータが大量に得られてくる観測的宇宙論において、精密性の要求される 理論サイドの研究では、この方法論の有効性をさらに大きく示すことができる と考えている。

私の中期的研究目標を標語的に言えば、「実証科学としての宇宙論の探究」で ある。これまでの宇宙論は科学として確立すべき精密性にまだ欠ける部分があ り、さまざまなモデルが乱立するきらいがあった。一方観測についても多分に 職人的なところがあり、データそのものが公表されない場合も多かった。

ところが、このような状況はここへきて急速に変りつつある。国際協力にもと づき、最新のテクノロジーを駆使した、これまでとは桁違いに大規模で精密な 観測計画が実行されつつある。現在、2dF, SDSSに代表される大規模銀河・QSO サーベイが稼働している。また、MAP, PLANCKに代表されるスペース・ベース の小角度背景輻射ゆらぎの観測が近く行われる。さらには、弱重力レンズの観 測に特化して設計した 8m級専用望遠鏡を建設するというダークマターテレス コープ計画など、野心的な試みも提案されている。これらはいずれも、現在存 在する宇宙の大局的構造のデータの探査領域あるいは精度を2桁以上も拡大す る、文字通り画期的なものである。これらのように均質なサーベイは宇宙全体 の構造を調べる観測的宇宙論にとって極めて重要なデータをもたらし、宇宙に ついての人類の知識を飛躍的に大きく広げる可能性を持っている。他にも大型 観測施設が地上、宇宙を問わず次々と建設されており、観測的宇宙論の研究に とっては極めて有用なデータが洪水のように押し寄せて来る時期にさしかかっ ている。

このような流れの中で、宇宙論が精密性をも備えた実証科学としてさらなる進 展をしていくことは疑いがない。これまではデータの不足により様々な可能性 が許された我々の宇宙の描像もより狭い範囲に確定していき、宇宙論はより事 実に裏付けられた実証的な科学へと進化していくことが確実である。この観点 における宇宙論の発展の中心において研究を行い、そこでオリジナリティーに 富んだ重要な貢献をすることこそが私の中期的研究目標である。

私の具体的な研究テーマや手法は世界の研究の流れの中で臨機応変に変化 していくであろうが、根本的な科学的問いは不変である。

これまでの具体的な研究テーマは以下の通りである。

宇宙の統計理論

新たな統計手法の開発

私は独自の方法論により、摂動論と観測される統計量を結び付ける 形式論を発展させることに成功した (Matsubara 1995; Matsubara 1995 [Thesis])。この方法 は場の理論のファインマン図形の方法に対応し、従来個別に工夫して計算 していた宇宙の統計量の摂動計算について、一定の規則により、自動的に 各摂動項を求める規則を与えるものである。これまでにも自明な統計量で ある質量の高次相関関数に関しては図形的な方法が提案されてはいたが、 私の方法はそれ以外の非自明な統計量に有効性を発揮する独自のものであ り、適用範囲についてはこれまでの方法の守備範囲を大きく越えるもので ある。さらにこの方法は、従来の個別の計算結果を再現するのみならず、 ある場合にはより近似のよい公式を導く。この論文はさまざまな統計量へ の摂動論の応用に本質的な方法論を提供するものととらえられ、今後実例 をもってこの方法論の実用的有効性を示していきたいと考えている。

確率的バイアス

観測される銀河の分布は質量分布と一 般には異なるが、この点について、最近、確率的バイアスという概念が提 案されてきた。これは銀河分布と質量分布の間に現象論的な確率変数を持 ち込んだものである。この変数そのものは現象論的なものであるが、線型 領域でどのような値をとるべきなのか理論的によくわかっていなかった。 私は最近、以前に開発した統計量の形式論をこの問題に応用することによ り、ある特殊な条件を満す場合を除いて、フーリエ空間の確率性は線型領 域に近付くにしたがって消えることを定理として一般的に示した(Matsubara 1999)。この場合、実空間 の確率性はフーリエ空間のバイアスのスケール依存性からのみ発生する。 これにより確率性を仮定しない従来からの線型領域の解析はフーリエ空間 において正当化され、理論的に重要な結果である。また同時に、銀河形成 における非局所性のどのようなパラメータがバイアスのパラメータとどの ように関係しているのかについて定量的関係式が得られ、いくつかの簡単 な例でバイアスのパラメータの実空間におけるスケール依存性を具体的に 示した。

宇宙論的場の統計的摂動理論

ジーナス統計、あるい はミンコフスキーファンクショナルなどに代表されるように、銀河などか ら求められる宇宙の密度ゆらぎをなめらかな関数でスムージングしたもの を使うと、これまでの相関関数やパワースペクトルなどの伝統的な手法に よって調べることのできないゆらぎの性質を効率的に特徴づけることがで きることが知られている。以前私の開発したジーナス統計の力学的進化の 摂動論による解析を一般化し、ミンコフスキーファンクショナルを含む、 あらゆるタイプのスムージングした密度場の統計量について摂動的に力学 的進化を予言する枠組みを開発した(Matsubara 2000)。

重力レンズ

相関関数と重力レンズ

重力レンズ効果の、銀河・QSO の相関関数の観測への影響を調べた。天球面上へ投影された2次元の相関 関数についての重力レンズの影響は最近すでに調べられているが、赤方偏 移データへの影響という観点では、我々の論文 (Suto et al. 1999) による現象論的 なモデルに基づいた定性的なもの以外にはなかった。3次元データにおい て線形スケールの2点相関関数を考えた場合、赤方偏移が大きく、さらに その2点が視線方向を向いていて観測者からの見込む角度が小さくなると きに無視できない効果となってくる。この場合の弱重力レンズ効果につい て線形摂動論に基づいた解析的な評価式を見出した(Matsubara 2000)。その結果、観測量 である相関関数に対する銀河・QSO分布の寄与と質量分布の寄与を明確に 分離して、SDSSなどのデータで十分検出することができることを示した。 これは、現在不確定性の大きなパラメータとして問題視されているバイア スパラメータについて、赤方偏移カタログを用いた定量的な直接観測への 可能性が開けるなど、応用性が非常に高い。

重力レンズのトポロジー

弱い重力レンズ効果は相関関 数を用いて解析されることが多いが、近未来の、よりクオリティーの高い データを用いれば、レンズのパターンのトポロジカルな情報をジーナス統 計などを用いて調べることが可能になる。具体的にどのような情報が得ら れるのかを、数値シミュレーションの解析を行うことにより、初めて明ら かにすることができた(Matsubara & Jain 2001)。

大規模構造のBayes解析とKarhunen-Loeve 変換

ラスカンパナスサーベイの解析

我々の導いた赤方偏 移空間の相関関数の解析式の実際の応用として、実際の観測データである ラスカンパナス赤方偏移探査のデータを用いて、宇宙論パラメータの評価 を数値的に行った (Matsubara, Szalay & Landy 2000, 松原 2001) 。これは、Karhunen-Lo\'eve変換という、探査領域の幾何学的 形状を考慮したデータの直交基底の方法に基いており、データ解析手法と しても新しく、さらに初めて線型領域だけの情報から宇宙論パラメータ、 特に赤方偏移パラメータ Ω0.6/b を評価できた画期的なもの である。すなわち不確定性の入り込む余地のある非線形モデルを必要とし ない。

Sloan Digital Sky Surveyの解析

Karhunen-Lo\'eve変 換による大規模構造の解析手法を、現在進行中のこれまでで最大規模のサー ベイであるSloan Digital Sky Surveyに応用した。現在部分的なデータし かないが、天球面上に投影された2次元のデータのみから、宇宙論パラメー タについて一定の制限を与えることに成功した(Szalay, Jain, & Matsubara et al. 2002)。さらに赤方偏移の情報を含む3次元データの解析を現在進めて いる。

大規模構造と宇宙項

赤い銀河のクラスタリングを用いた宇宙項への制限

赤い銀河の選択的な赤方偏移探査は、これまでになく広く、深い領域の宇 宙を詳細に調べることを可能にする。特に宇宙項については、これまで大 規模構造からは制限できないものと思われていたが、赤い銀河の適度な深 さにより、これが驚くべき精度で可能になることを初めて示した(Matsubara, & Szalay 2001, Matsubara, & Szalay 2002)。 特にSloan Digital Sky Surveyにおいて観測が進められている Luminous Red Galaxies を用いた場合に期待できる宇宙項への制限を具体的に示し、 より大きな赤方偏移をもつが密度の低いクェーサーを用いるよりははるか に有効な方法になることを明らかにした。宇宙項の他にも宇宙論パラメー タにはいくつもある。これらを同時に決めなければならない場合には多少 宇宙項に対する制限は弱くなるが、その効果も正確に見積もることができ た(Matsubara, & Szalay 2002)。

赤方偏移変形

相関関数の階層モデルと赤方偏移変形

実際の観測量である銀河の赤方偏移地図は、銀河の特異速度により実際の 3次元分布と異っているという効果、赤方偏移変形について数値的に詳し く調べた。この結果、従来から提案されていた高次相関についてのモデル である階層モデルは、実空間でよりも、赤方偏移空間でよりよく成り立つ ことを具体的に見出した。これは、その後我々に続く高次相関の研究に大 きな影響を及ぼし、他のグループによっても追認されている。この理由を 理論的に完全に理解することは、問題の非線型性のために難しいが、ある 簡単な解析的非線形モデルの設定により、ある程度定量的に導くことにも 成功した(Matsubara 1994)。

等密度面の統計における赤方偏移変形

ジーナスおよびそれに関連するいくつかの他の統計量について、その赤方 偏移変形の効果を線形理論に基づいた解析的な計算によって調べ、宇宙の 質量密度との関係を明らかにした(Matsubara 1996)。

宇宙論的赤方偏移変形

2dFやSDSSといったこれまでにない大規模な赤方偏移探査計画が現実的に 動き出してきた。これらの計画により生み出されるデータは桁違いに広い 宇宙の領域をカバーしているため、理論的な取り扱いの難しい非線形性の 影響をあまり受けない領域のデータが蓄積される。同時に、探索領域が深 くなることによる、一般相対論的な効果も重要になってくる。このような 相対論的効果を、観測される赤方偏移空間における相関関数について初め て理論的に求めることに成功した(Matsubara & Suto 1996; Suto et al. 1999) 。とくに高赤方 偏移物体の相関関数によって宇宙の質量密度や宇宙項の値を決定させる可 能性を見出した。また、この結果が、具体的にSDSSなどで得られる銀河の 相関関数の解析にどのような影響を及ぼすかを詳細に調べた (Nakamura, Matsubara & Suto 1998; Suto et al. 1998) 。

大角度赤方偏移変形

赤方偏移空間における相関関数はこれまで、観測者と観測領域が遠く、相 関を考える2点間の角度が無視できるという近似のもとに得られてきた。 この近似は現実の解析では破れる場合がある。とくに広い探査領域をもつ 大規模赤方偏移探査で宇宙の大スケールの密度ゆらぎを調べる場合にはそ の影響が無視できない。我々は、この近似を取り外したより厳密な相関関 数の閉じた表式を導いた(Szalay, Matsubara & Landy 1998)。

赤方偏移変形の一般式

上の表式は低赤方偏移における表式であるが、さらに高赤方偏移に適用さ せるため、一般相対論的線形摂動論にもとづき、任意の赤方偏移、任意の 角度をもつ2点間の相関関数についての一般的な表式を閉じた形で求める ことに成功した(Matsubara 2000)。 その結果は項数は多いが一次元積分のみで表されており、実際にこれを用 いる場合のコーディングは自明なものである。これらは直接的観測量につ いての理論式であり、これからの赤方偏移探査のデータの解析に対するこ れらの表式のもつ可能性には、はかりしれないものがあると考えている。

非線型力学

2次の摂動論の解析式

伝統的な宇宙論的摂動論に関する基本的な成果としては、2次の摂動項の 閉じた表式を任意の Friedman-Lema{\^\i}tre 宇宙モデルについて導き、 特に宇宙の質量密度と宇宙項の値への依存性を明らかにするという結果を 得ている (Matsubara 1995)。

ラグランジュ摂動論と非球対称崩壊

また、従来のオイラー空間における宇宙論的摂動法に対して、ラグランジュ 空間における宇宙論的摂動法が発展してきた。この方法はより非線形性の 大きなところまでの外挿がうまくはたらくという点が長所として挙げられ ているが、その理由は完全にはよくわかっていない。そこで、準解析的に 正しい解のわかっている楕円対称性のあるゆらぎの場合に、ラグランジュ 摂動法の振舞いを調べ、重力崩壊の次元性との関連を明らかにした (Yoshisato, Matsubara & Morikawa 1998; Matsubara, Yoshisato & Morikawa 1998)。また、そこで得られた振舞いをもとに、より 外挿がうまくはたらく Pad\'e 近似にもとづく新たな摂動的近似方法を提 案した(Matsubara, Yoshisato & Morikawa 1998)。

ジーナス統計

準非線型解析式

私の開発した新しい摂動手法の応用として、これまで極めて難しいと考え られていた宇宙の大規模構造のトポロジーを特徴づけるジーナス統計の摂 動的非線形成長の公式を、世界で初めて導くことに成功した (Matsubara 1994)。ジーナス統計は相 関関数に相補的な統計量として、近年よく用いられるものである。特に初 期ゆらぎの非ガウス性のテストとして有力である。私の公式は、宇宙の初 期ゆらぎの情報に対する重力成長の影響を取り除く解析的な方法を提供し、 極めて有用なものであると考えられている。さらに、この公式と数値シミュ レーションとの詳細な比較を行い、その正当性と適用領域を明らかにした (松原 1996) (Matsubara 1996) (Matsubara & Suto 1996)。

非線型モデルの解析

摂動論では取り扱えない、より非線形性の進んだ場合について、現象論的 モデル分布を仮定してジーナス統計の進化を解析計算により調べ(Matsubara & Yokoyama 1996)、 力学的モデルとしてのゼルドビッチ近似におけるジーナス統計の進化(Seto et al. 1997) について調べる など、非線形領域におけるトポロジーの振舞いに関するさまざまな知見も 得た。

高次相関関数

相関関数の階層モデル

銀河の相関関数は観測される銀河の位置分布を定量化する基本的な方法である が、これまで最低次の相関関数である、2点相関関数以外あまり詳しく調べら れていなかった。私は、新たな計算アルゴリズムの開発により、もともと計算 量の莫大なことで知られる高次の相関関数の詳細な評価をはじめて現実的に可 能とした。この方法と、宇宙論的多体シミュレーションを用いて高次相関関数 の進化を詳しく調べた。特に、$N$点の幾何学的配置に対する依存性を初めて 詳細に評価し得た。この結果、観測される高次相関関数と、宇宙モデル、さら に、宇宙の初期条件との間の関係を定量的に対応づけることに成功した (Matsubara 1993; (Matsubara & Suto 1994; (Suto & Matsubara 1994; (松原 1994)。

クラスターの相関関数と階層モデル

銀河団が密度ゆらぎの高密度ピーク領域に形成されることを仮定するモデ ルについて相関関数、カウントインセル解析等の統計的解析を行い、数値 シミュレーションおよび観測と比較することで宇宙の質量密度についての 制限を課した(Watanabe, Matsubara & Suto 1994)。

高次統計における光円錐効果

探索領域が深いという効果は分布の進化の影響、光円錐効果があることを 意味するが、とくに銀河のカウントインセル解析においては、その影響が 小さいことを見出した(Matsubara, Suto & Szapudi 1998)。

量子重力

格子時空における3次元量子重力

素粒子論的アプローチから量子重力の研究を行った。特にトポロジカル不 変量と3次元量子重力の関係について調べた。相対論のレッジェ計算から 導かれる重力の量子論的分配関数と、量子群の合成表現から得られる$q$- 変形された$6j$-symbolによって構成したTuraev-Viro不変量との間にある 関係が知られていたが、このつながりについての新たな知見を得た(松原 1992 [Master Thesis])。特に、 分配関数の境界項の導出、トポロジカル不変性の新しい証明法、などの新 しい成果を得た。

Taka Matsubara, Nagoya Univ.
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