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研究者になるには

大学院に進学してくる学生はほとんどの場合研究者になる道を希望してい ることが多いが、大学院に入ったあとにどのような道をたどって研究者になれ るのかよくわからないでいる人が多いので、現状を概観する。もちろん、研究 分野によってさまざまであり、以下の話は私のまわりの素粒子、宇宙の理論系 の分野に限った話も含まれる。

まず基本的に、研究者になるということは極めて困難な道であると言わね ばならない。研究をして生活するということはたいへん魅力的であり、一生の 職業としての研究者を志望する者が多いのがその根本的な理由である。最近は 大学院生の採用数が増え、学部生のうちかなりの割合の学生が大学院に進むよ うになっている。だが、現状では、修士課程に入学したもののうち、最終的に 研究者となって大学や研究所に就職できるものは何十人に一人であるというこ とを認識しておく必要がある。修士課程の大学院生の中でも、修士終了ぐらい までに方向転換して企業などに就職するものは多く、就職の厳しい折とはいえ、 この段階では就職率も悪くはない。だが、博士課程に進んでさらに研究者を目 指すならば、現状では博士取得者をわざわざ採用する企業はほとんどなく、就 職はかなり困難になるために茨の道が待っている。

修士課程の学生は研究がどういうものかを実地的に学び、特定の分野の基 本的な研究手法を身につけ、その結果として修士論文を完成させて、審査に合 格すると修士号が与えられる。中にはこの審査に合格しないものや2年間で論 文を完成できないものもいるが、かなりの割合の学生は2年間で修士号を取得 する。そのうちだいたい半数程度かそれ以上は修士課程を終了したあと企業な どに就職する。研究者を目指して博士課程に進むのは残りの半数程度以下であ る。博士課程進学者はすべてが博士号を取れるわけではない。博士号の審査は 修士号よりもずっと厳しいものである。博士課程に進学した学生が学位(博士 号)を取得するには、自発的によい研究成果を上げて、独立した研究者となっ たと認められなければならない。思うように成果が上がらずに、中途で他の道 を選ぶものもかなりいる。現状として平均的には博士課程進学者のうち、博士 課程3年の標準年限で学位を取れる人は1/3程度で、最終的に学位を取れる のは半数程度であろうか。

無事学位をとっても、例外的に優秀な場合を除いては、すぐに研究者にな れるということは例外的である。研究者志望で優秀なものは博士号を取った後、 ポスドク(ポストドクトラルフェロー、博士号取得後の有給研究員のこと)と いう3年程度の任期付きのポストに就くことがほとんどである。ポスドクには、 大学や研究所などが独自に募集するものもあるが、学術振興会の特別研究員 (PD) が最も条件がよい。特別研究員の選考は書類審査と面接で行われるが、 主に大学院における研究成果が審査される。その採択率は約15% 程度であり、 決して簡単ではない。また、大学や研究所などに機関研究員というポストがあ る場合があり、研究機関のために週20時間程度働き、その他の時間は自分の 研究に使ってよい、というものもある。1年ごとに継続審査があり、最大2、 3年というものが多い。いまのところ宇宙理論でこのポストは年に数件程度だ が、今後はもっと増える。また、海外でポスドクをするものも最近増えている。 こちらは世界中の研究者志望者と競ってポストを獲得する必要がある。契約期 間はやはり2、3年である。外国のポスドクは教授の個人的なグラント(研究 費)によって給料がまかなわれることが多い。雇い主の教授によっては、自分 の研究を自由にさせてもらえないこともあるし、そうでない場合もある。大学 院を修了してもこれら任期付きのポスドクになれないものもいて、以前は無給 の研究員として大学に残るものもかなりいた。だが、最近は学位をとったもの に対する、研究に関連したなんらかの一時的な収入の道は増えてきた。

そこで、ほとんどの場合はポスドクなどをしながら大学や研究所の研究職 を探すことになる。最近は政府の政策で大学院生の数もポスドクの数も大幅に 増やされたが、任期の設定されていない通常の研究職のポストは全く増えてい ない。将来的にも高齢少子化、大学の独立法人化などにより、研究職のポスト は減ることはあっても増えることはないだろう。このため、任期のない研究職 のポストをめぐる競争は熾烈を極めることになる。大学や研究所で助手のポス トを一件募集すると約40〜50倍、条件のよいところでは100倍以上とい うたいへんな高競争率になる(理論系の場合)。新しく博士号を取得したもの からポスドクを何年もやっているものまで相当数の研究職志願者と競争しなけ ればならない。その中で、宇宙の理論系の助手の募集自体は日本中あわせても 年に数件しかない。研究分野を宇宙論に絞れば、数年に一件出るかどうかとい う程度である。募集件数は年によって大きなばらつきがあるので、自分が学位 をとったあとに自分の研究分野の公募がいくつでるかは運にも左右される。そ して何十人もいるつわもの揃いの同分野のポスドクの中でも相当目立つ業績を いくつも上げて、高倍率を極める大学や研究所の助手の公募の選考にパスして はじめて本格的な研究職に就くことができる。この最後の関門は非常に狭く、 この時点で職につけずにあぶれてしまう人が実際にはほとんどであるという現 状がある。

研究者を目指しながら学位を取ったあと職がないまま研究を続ける人のこ とをオーバードクターというが、以前はオーバードクターが増えすぎて、オー バードクター問題というものが深刻化していた。現在はポスドクのポストが増 え、多少優秀であればポスドクになれるようになり、オーバードクターは減っ た。日本のポスドクのポストが急激に増え始めたのが6年ほど前であり、また、 ほとんどのポスドクには35歳程度までの年齢制限がある。恒久的な研究職に 就くのはポスドクのポストを得ることとは比較にならないくらい難しいため、 今度はポスドクを終えた人がその後の研究職を得られなくて困るという事態が 発生し始めている。オーバーポスドク問題である。

研究職に就くためには、途中で収入の道が途切れるかもしれないという不 安と戦いつつ、ポスドクをしながら研究を続けて行かなければならない。また、 助手のポストも今後は減らされ、任期付きのポストに置き換えられていく傾向 に向かっている。この結果、現在は30歳前後で助手のポストにつくことによっ て研究職に就いたことになるのに対して、これからは最終的に研究職に就ける 実力を持つ極めて優秀な人であっても、30代半ばから40歳ぐらいまで任期 付きのポストを渡り歩くのも普通のことになるであろうと言われている。つま り、この段階まで研究者の道を目指しながらかなわない者の数がたいへん多く なるということであり、非常に優秀でさらに運にもめぐまれたわずかな一握り を除き、多くの人は職のないまま放り出されるのである。

修士課程に入ってきた学生のうち、最終的に研究職に就けることのできる ものの割合が極めて少ないことは少し考えれば自明である。教授、助教授、助 手で構成される典型的な理論の研究室を考えてみよう。この研究室に大学院生 は毎年3、4人程度入ってくる。これに対して助手以上のスタッフは30歳ぐ らいで就職して63歳前後まで勤めるから、同じ職に平均10年以上とどまる ことになる。したがって助手のポストは平均10数年に一度しか空かない。こ の間に大学院生は40人程度入ってくるのである。この数はほぼ全国的に平均 的なものであろうから、単純に数字のみで考えると、一人の修士課程の学生が 将来、大学院生のいるような研究所や研究重視の大学に教官として就職できる 確率は1/40ということになる。けっして頑張れば誰でも研究者になれると いうような状況ではない。才能と努力と運、すべてが必要である。

さらに、宇宙論の分野の研究者によく見られることとして、修士課程で他 分野を専攻していた人がかなりいる(私もその一人である)。そのような道を辿っ てくる者は上の確率に勘案されていないので、さらに倍率ははね上がることに なる。宇宙論に他分野出身の者が多いのは、さまざまな視点から新たな考え方 や手法を開拓していくことのできるような人材のみが研究者になれることの表 れである。宇宙論で既に用いられている考え方や手法を勉強してそれを応用す るだけで研究者になることは困難である。その点で他分野出身の者は容易に違っ た視点から問題を見つめることができ、異なった手法も持ち合わせているため 条件が有利なのである。むろん、この場合でも他分野での深い経験なしに単に 自分の能力に合わないからといって宇宙論に転向してもうまくいかないのはい うまでもない。現在宇宙論専攻の大学院生は意識して別の角度からの考え方や 手法を勉強する必要がある。ここで何を勉強するかを他人に決めてもらっては なんにもならない。指導教官に言われることだけしていて研究者になった人は いない。他人の意見はアドバイスとして真摯に受け止め、その上で最終的には 自分にしかできないような考え方や手法を科学として確立してはじめて、研究 者をめざす競争のスタートラインに立ったと言えるのである。そこからさらに 次々とふるい落とされて行くのである。

研究職に就くのが困難なのは今も昔もかわらない。その中で運良く研究職 に就けた人たちも、みな相当の覚悟を持って研究者を目指し、その途中での逆 境にもめげずに研究を続けてきた人ばかりである。今は教授となっている人の 中でも、オーバードクターとして何年も無給の中で研究を続けてきた経験を持 つ人は多い。現在はポスドクのポストが増えたので、無給で研究しなければな らないという状況になることは以前よりは少なくなり、その面では状況は良く なったと見るべきかも知れない。ポスドクに就ければ一時的にまずまずの収入 が得られるが、ポスドク後の保証はなく、不安定な生活を余儀なくされる。こ の不安定さをはねのけて研究者となるためには、十分な実力と努力はもちろん のこと、どんな逆境にあってもあきらめずに研究に打ち込み、なんとしても研 究者になるのだという強いモチベーションも必要である。とはいえ、強い意思 を持って困難に当たるというような力の入ったことでは、遅かれ早かれいずれ 力尽きる。むしろ、なによりも研究が好きで、客観的には大変な困難な道を歩 いているように見えても、本人はそれを困難だと感じないというぐらいでなけ れば続かない。研究者を目指すのであればそれだけの覚悟があるかを一度自分 に問い正す必要がある。もしそれだけの覚悟がなければ早めに方向転換したほ うが確実に幸せな人生を歩める。就職したくないのでモラトリアムとして大学 院を過ごしてあわよくば研究者になろう、などと考えていると後で取り返しの つかないことになる。年は一度とると二度と戻れない。博士課程に進んでしま えば、研究内容が直接役立つ就職先でない限り、年齢とともに就職の条件はど んどん悪くなっていく。素粒子や宇宙の理論研究がそのまま企業の仕事に役立 つことはまったくないといってよい。

研究者として生き残っていくのが至難の技であることは歴然たる事実であ る。強いモチベーションを持ち、才能に恵まれた者が研究者としての生き残り を賭けて不断の努力をし、その上で運にも恵まれたほんの一握りの者がようや く研究職を得られるというのが現状である。このような高競争率の分野では、 絶対的なポスト数が少ないため、優秀な指導教授につけばなんとかしてくれる だろうなどと期待できるはずがない。一人の教官が指導している学生の数のほ うが、全国すべてあわせた当該分野の研究職募集総数よりも多いのである。ま さに自分の実力でなんとかしなければならない。ずばぬけて才能ある学生です ら、運に恵まれないために消えていってしまうという例はまったくめずらしく ない。研究者を目指す学生は、このような厳しい道を歩んで行く世界に身をお いていることをしっかりと認識し、決して受け身の研究をせず、自分の心の底 から沸き上がってくる研究への欲求を糧にして、どのような困難な道にも立ち 向かっていき、結果的に研究者になれなくても後悔しないと思いきって突き進 まなければならない。そのような覚悟をもっていれば、たとえどのような形で あれ結果は後からついてくるであろう。運のようなものは自分ではどうするこ ともできない。重要なのはひたすら努力することであり,努力しなければどの ような道も開けない。血のにじむような努力によって運よく才能が開花すれば 研究者への道が開けるかもしれないし、たとえできる限りの努力をしたからと いっても研究者になれるとは限らない、そして、なれない場合の方が圧倒的に 多いという現実をしっかり受け止めている必要がある。誰でも努力さえすれば 研究者になれるというような甘い世界ではない。その上で人生の賭けをする。 もし、当初の目標を達成できなかったとしても人生やり直しは効くし,たとえ 結果的に遠回りであったとしても、それが自分の力を出しきった結果であれば、 かえってかけがえのない経験となってその後の人生に活かされることになるだ ろう。


Taka Matsubara, Nagoya Univ.
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